令和5年9月法話「六波羅蜜」

六波羅蜜ろくはらみつ

常識外れが変えてくんだ

緑黄色社会 さもなくば誰がやる より

 残暑厳しい毎日ですが、如何お過ごしでしょうか。9月23日は秋分の日、秋のお彼岸です。彼岸(到彼岸)は仏教が生まれた2500年前のインドの言葉サンスクリット語でパラミ-タの音写「波羅蜜多」を表しています。そして禅宗で毎日お唱えする「魔訶般若波羅蜜多心経」は、経首そのものが「彼岸」のお経です。「わたしたちに備わっている仏の智慧(般若)に深く気付きさえすれば、不安と思い込んでいるこの世(此岸)は、そのまま安心の理想郷(彼岸)となる(波羅蜜多)」

 佛の智慧(般若)とは、私たちに生まれつき備わっています。しかし、それを信じきれないがために、いつも不安を抱えて迷い、暮らしに自信が持てません。不安を超えた先にある、わたしたち本来の「深い」(仏の)智慧。迷い、不安に振り回されて一時しのぎの「浅い」(迷える衆生の)知恵。私たちは皆、毎日、何かを考えながら、行動(実行)して生きています。その考え(思考)のモノサシ(判断基準)が「智慧」であるか、それとも「知恵」なのか。実は些細な選択の積み重ねが「私たち」の暮らしを方向付けてしまっていることに気が付いていません。そこで、到彼岸を表す「波羅蜜」には「六波羅蜜」という言葉があります。「彼岸」(安心)に到る「行為」には「六つ」の内容が含まれている必要があるというのです。その第一が「布施」です。「お布施」と聞くと私たちはイメ-ジ的には、お葬式や法事で和尚さんにお渡しする金銭を思い浮かべてしまいます。しかしながら本来は「与える」(喜捨・・・喜んで捨てる)という広い意味合いです。私は敢えて「布施」を「届ける」(こころを動かす)と言い換えて使っています。

 私のお預かりしている「吉成寺」は専業可能な檀家数を有しておりません。会計は常に苦しく、年中お金の心配はしております。しかしこの経済的不安(お金に困っている)が「わたし」を変えてくれました。大学を卒業後一旦は当時の浅い「知恵」で経済的に安定している公務員を選択し就職しました。勤めだすと、お金に困ることはなかったものの、経済的安定(お金に困らない)は私の考える「幸福」(生きていることを実感できる)ではないと強く感じるようになりました。そんな時に実母の生家である「吉成寺」の後継者に勧められるご縁が廻ってきて、サラリーマンからお坊さんに「出家」したのです。
何も知らないまま、吉成寺先住職(授業師)に言われた通り、住職資格の必須条件である「(専門)修行道場」の門を叩きました。そこで私自身の考え(思考)のモノサシ(判断基準)に変化が生じたのです。修行道場では老大師(指導者)を始め、共に修行させていただいた素晴らしい先輩、後輩に恵まれました。皆、私と同様それぞれのお寺の後継者として「住職資格」取得という表向きの入門動機がありましたが、道場ではそれを根本的に見直さなければなりません。世間的には禅宗の修行道場は厳しいと思われています。しかしながら、本当に厳しいのは、道場の作法や規則ではありません。自らの「生きる」自覚が問われることが厳しいのです。なぜ「住職資格」が必要なのか、なぜ「出家」してお坊さんを志すのか、そもそも、お寺という檀家さんからの「お布施」で生かしていただく布教(法施つまり檀家さんの不安や迷いを救える)をする資格があるのか。最初は「住職資格」取得という言わば「就職」目的でしたが、道場での日々は「就職」以前になぜ「生きているのか」という根本が問われるのです。道場の看板は坐禅と托鉢、作務(境内整備や農作業など)です。「最低限の生活に対して最高の感謝」つまり、「生きる」ために必要ない余計なモノ、考え(思考)がそぎ落とされていきます。4年弱の短い修行期間でしたが、私なりに深い「智慧」を掴んで終えたつもりでした。意気揚々と「吉成寺」に戻り「住職」を拝命しました。しかしながら「住職」の現場での中心は「葬儀」と「法事」と年数回の年中行事(盆、正月など)でした。誰も「坐禅」を始め、「生きる」ことを深く求めている人はいなかったのです。(私が気付かなかっただけかもしれませんが)私も最初は修行道場で気づいた「智慧」で暮らしていたつもりでしたが、いつしか入門前の経済的安定(お金に困らない)を貪る自分に戻っていました。(不安、迷いから生じる浅い知恵が判断基準となっていました)今思うと、経済的安定に安心はないと「出家」したのにも関わらず、サラリーマンからお寺の住職に環境が変わっただけで、相変わらず経済的安定を求めていたのです。その事実に気付いたとき、自らの滑稽さに失笑してしまいました。この顛末は既に修行中、禅の教材、「臨済録」で指摘されていたのです。「佛魔(不安、迷い)の根本を見極めることができないならば(智恵と知恵が見分けられないならば)、出家した僧侶とは言えず、頭を丸めて、衣を着け、「見た目」だけが僧侶の俗人である。(家を出て、また別の家に入っただけである)」と。(出家ではなく家出)

 私が修行道場で学んだのは、大抵のことは「生きる」ことに影響ないということです。衣食住(暮らし)が満たされてなくても、否、むしろ満たされてないからこそ、わたしたちは「生きている」という実感を持てる気がします。なぜなら、どんな状況に陥っても、わたしたちは乗り越えていける「智慧」を誰でも持っているのですから。しかしながらわたし自身、「智慧」(本物の安心)を有しながら、損得勘定の「知恵」(偽物の安心)に振り回されていたことも事実でした。そんな自分に嫌気がさし、「生きる」と何か?を自問したとき、それは「自分は今、誰かのために何ができるのか」ということに到りました。不安のない安心な暮らし(到彼岸)は「1.布施」つまり自他ともに安心を届ける「行為」(行動、実行)からしか生まれません。自分と他人同時に安心できる「行為」はルールが必要ですし(2.持戒)時には綺麗ごとと侮られ(3.忍辱)、それでも諦めず積み重ね(4.精進)、言動が一つとなっていきます。(5.禅定)やがてはその正しい(良い)行為が評価され新たなモチベーションとなります。(6.智慧)。「布施」は自分一人では実践できません。そして「布施」を実践するには「布施」を含む「六波羅蜜」が同時に行われていなければ、(どれが欠けても)本物の「布施」にはなり得ません。ですが「布施」は必ず他人、周囲にも良い影響を与え、巡り廻るモノです。(自分に返ってくる)「与える」といった行為は浅い知恵では一見損すると思われがちですが、深い智慧(般若)では人生全体で得をする(徳を積む)ことなのです。私の場合も一見、お金にならない「坐禅会」を続けて4年目、HP掲載法話は2年目になります。坐禅会は最初の2年間は、お付き合いのある仏具屋さんだけが毎週参加してくださいました。その後徐々に参加者が増えていき、法話もご感想をいただく機会が増えました。「おかげさまで」私なりに「布施」(法施・・・教えを届ける)を続けていくことができている気がします。つまらなく、どうしようもない私であっても、自分にできる「何か」を「届け」続けていれば、誰かに「必要」としてもらえるということを実感できました。今思えば、周りがどうであれ、迷いを生んでいたのは自分自身です。暮らしをお金で安定させることは、世間的には「常識」です。しかし修行道場で「住職資格」を頂いた「禅宗僧侶」のわたしに限っては、「世間」(此岸)の「常識」に飲み込まれず、「仏法」(彼岸)という「常識外れ」でなければなりません。「布施」を「届ける」と冒頭で言い換えたのは理由があります。「布施」という言葉のイメ-ジから、「お金やモノ」を「施す」と連想しがちですが、「施す」モノは「こころ」だからです。「雑宝蔵経」というお経の中で「無財の七施」が説かれています。「目つきや顔つき、言葉など」にも心がこもっていれば、お金やモノを渡さなくても(無財でも)相手に伝わるモノです。つまり「布施」は特別な行為ではなく、私たちの日々の暮らしの中で「自分が誰かに届けられる何か」のことであります。仕事の中で、お客様や職場の上司や同僚、部下の方々、家事の中で家族に、学校の中で先生やお友達に対してなど。例えば、出会う方々に「笑顔」で接することを心がけ、実践する「行為」も布施(和顔施)です。しかしながら「笑顔」を毎日続けることは、口で言うほど簡単なことではないことも事実です。そんな時こそ、「誰も見てないかもしれないし、評価されるかどうか、わからない」(良い意味の)常識外れが、自分も周りも変えていくことを「信じて」みませんか?「おかげさま」を優しい目をもって笑顔で口にすれば、立派な「布施」(言葉の布施)です。その「こころ」はきっと誰かに届いて、自らの「智慧」に気付き、知らない間に「彼岸」(安心)辿り着いているに違いありません。